Paranoid Park ni pour ni contre

Paranoid Parkのページです。

Paranoid Park

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パラノイド・パーク
ガス・ヴァン・サント

ハイスクールの廊下を撮らせたら,この人の右に出る人なんていない Gus Van Sant。
廊下っていうのはつまり,あらゆるものの象徴。 多感な10代の空虚感。

人にとっての幸福とか不幸とかいうのは,概して相対的なものだ。 これまで日常の中で自分なりに悩んだり葛藤してたとしても,突発的に起きたある大きな事件を抱えることによって,これまでの苦悩があまりにもちっぽけなくだらないものと化してしまう。 

一瞬で,世界が全く違うものとなってしまうことの怖さ。 不確かさ。

表面的には,何も変わらない。 わたしたちはいつだって,自分の知っている範囲でしかものごとを見ることはできないのだ。 現実は,この映画のように出来事以前と以後をニ度見せてくれなどしない。 わかっていても,まっすぐ見ることは難しいな。

だからある意味真っ直ぐで純粋な主人公の葛藤には,胸を抉られるようだ。 イタリア彫刻のように美しい顔と身体の微妙なアンバランスさは,16歳という年齢にはあまりにも重圧すぎる贖罪の意識との不均衡さにつながる。 

廊下はどこまでも続く 一直線に。 
いつも当たり前のようにそこにあると思ってたけど,卒業すれば学校の廊下なんてノスタルジーの象徴でしかなくなるんだ。 

空虚が意味するものは「無」という極地なんかじゃない,あまりにもたくさんの説明しきれないものがそこにはつまってる。 触れたら壊れてしまうほど繊細で,純粋で儚くて怖いくらい美しい。

2008.05.16. voir trackbacks(1) comments(4)

はじめまして
TBありがとうございました。

廊下、というものの意味するものって
とくに十代にとっては大きかったんですね。
「エレファント」でもそうでしたが
背後からの長いショットは、そこが廊下でなくても
細長い通路を感じさせて、いま考えてみると
とても意味深いシーンだったのかもしれません。
少年のいまにも壊れそうな繊細な感性が
よく描かれていたと思います。

2008.05.17. masktopia URL 編集

こちらこそ ありがとうございます。

この映画を観て,余計に「Elephant」の凄さ みたいなのを改めて思い知った次第です。

あの廊下のシーンは本当に素晴らしかった。 
人の数だけ視点があるということを あんなにも。

静寂の威力が,観客をつい饒舌にさせますね・・・

2008.05.17. 163 URL 編集

こんばんは。
久しぶりのトラコメありがとうございます。
本当にガス・ヴァン・サントの撮る学校の廊下は最高ですよね。
スケボー少年の物語だから、スケボーするストリートが魅力的に撮られていることは当然なのですが、彼らのもう一つのストリートな空間といえる廊下を、こんなふうに映し出してくれる感性はさすがだなぁと思いましたー

2008.05.19. かえる URL 編集

かえるさま 
ありがとうございます。
もう 学校とは無縁の生活になっちゃったから,余計にあの年代を懐かしむ気持ちが入り混ざって,ただの廊下があんなにもきらきらと眩しくみえるのかもしれません。
戻りたいとは思わないけれども,もう二度と手には入らないもの。 画面を観ながらその切なさを噛み締めずにはいられない,やっぱりこの監督はすごいです!

2008.05.19. 163 URL 編集












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