ロスコのこと
![]() | Mark Rothko (2000/09) Jeffrey S. WeissJohn Gage 商品詳細を見る |
10代のわたしにとって 偉大な芸術家とはすなわちピカソでありゴッホでありマティスであった(そしてもっと過去を辿ればウォーホルでありキース・ヘリングであったのだ 恐るべしポップアート)。
それは20世紀のみならず 永遠の世界基準であるかも。
20代になってすぐ イヴ・クラインとロスコが自分にとっての二大アーティストとなる。
彼らの絵はわたしの人生を大きく大きく変えた ある意味で。
Jose Maria Sicilia

ホセ・マリア・シシリア 1998-2008展
2008.7.23-8.31
長崎県美術館
作家の名前も知らなかったけど,これは絶対にいい!とこのフライヤーをみて一瞬で確信。
距離に躊躇したけど行って良かった,とてもよかった。 最近 いい展覧会を観た記憶がなかったので更に良かった。
そういうのこそが本物ではないだろうか,少なくとも自分にとっての。
・・・・・・

形あるものは壊れたり無くなったり,時には盗まれたりもする。
でも,自分の中で培われた経験とか知識っていうのは誰にも奪うことはできないのだと。
誰が言ってたんだっけな,この言葉の意味を今こそ噛みしめるべきではないかい。
・・・

なにごとも,やはり瞬時には本物にはならないというか,大切にすべきはさまざまな経験や失敗を経たからこそ身についたもの,積み上げられたものだということはわかっている。 礎のない,薄っぺらなものはすぐに壊れてしまうから。
しかし。
それのみに満足もしくは固執していては,前に進めないというのもまた事実で。 長年信じてきたものであればあるほど,ちょっとやそっとの意志では壊れてくれないんだこれがまた。
知識という殻をかぶった実体のないものの山 山 山。 本の山。 例えばこれが服の山であれば,どことなく漂う表面的な軽薄さが後ろめたさに直結し,えいやっと別れを告げることができるだろうたぶん。 だが,本となるとどうだ。 知の象徴(果たしてそうだろうか)を不要なものとみなすことは,なんだか良くないことのようでつい決断を先延ばしにする。
過去との決別の難しさ。
これまで得たものももしかしたら同時に消え去ってしまうような錯覚に陥るからだろうか。
シアタープロダクツの現場
Diane Arbus : The Libraries

写真家ダイアン・アーバスの本棚を再現
雨の朝。 丸善でいつもの立ち読み時間,偶然この本を見つけた。 蛇腹折りのページが開いても開いてもまだ伸びる,7メートルか・・・なんて美しい本だろうかと思わず溜息。 仕事場にて,この本のことが頭を離れない。 そわそわと午前中を上の空で過ごし,しかしこうしてる間にも売れちゃったらどうする,と思い立った瞬間,席を立って買いに走った。 外は雨。 これもまた美しくメランコリックで,忘れられないシチュエーション。
1冊でも美しい本,それが並んだときの迫力というか凄みというのは,持ち主のイメージも加わってそれはもう,恐ろしいほどのものだ。
本の並んでいない棚 その空白部分の醸し出す雰囲気がまた,素晴らしい。
(DOON ARBUS/FRAENKEL GALLERY 2004)




